これがもし、私だったら?
痴漢行為程度ならいい。
でも、暴行だったら?
それはやっぱり、イヤだと思う。
家から出るのすら怖くなりそう。
この同じ広島に、自分がどんな目にあったかを知ってる人がいる。
たとえ名前は知らなくても、
たとえ顔を合わせてはいなくても、
それはやっぱり、恐怖としか言い表しようがないと思う。
これは、やめてほしい。
これがもし、私だったら?
痴漢行為程度ならいい。
でも、暴行だったら?
それはやっぱり、イヤだと思う。
家から出るのすら怖くなりそう。
この同じ広島に、自分がどんな目にあったかを知ってる人がいる。
たとえ名前は知らなくても、
たとえ顔を合わせてはいなくても、
それはやっぱり、恐怖としか言い表しようがないと思う。
これは、やめてほしい。
8月6日です。
「原爆が戦争を終わらせたのだ」
「原爆のおかげで、戦死者を減らせた」
「原爆のおかげで、日本に支配されていた国は解放された」
そんなご意見をお持ちの方が、世界各地におられること、よくわかっています。
あの戦争で、日本がほんとうに「悪い」としか言いようのないことをしたこともわかっています。
だから、私が願うのは一つだけ。
どうか、原爆について、核兵器について何か口にされるなら、まず、63年前、広島で、長崎で何が起こったのかを知ってください。
その上で、あなたのお考えを聞かせてください。
日本のせいで傷ついた人たちの苦しみと、
被爆者の苦しみを比べるつもりはありません。
被爆者のほうがより苦しんだとも言いません。
ただ、核兵器が引き起こす結果は、63年前でさえ劇的なものだったから。
今はもっと激烈なものになるだろうと思うから。
そして、人は間違えるから。
どんなに注意しても、全ての間違いを防止することはできないから。
だから、兵器を保持する以上、その結果が、敵だけでなく、保持している自分達にも降りかかる可能性はある。
結果を引き受ける覚悟が必要になる。
ならば、何が起こるのか、最低この程度のことは起こるだろうという事例として、広島、長崎のことは知るべきじゃないか。
その上でなければ、引き受けられることかどうか考えることは出来ないのではないか。
そう思うのです。
肯定するにせよ、否定するにせよ、
どうか、63年前でさえこれだけのことが起こったのだ、ということを知ってほしい。
その上で考えて欲しい。
そう思うのです。